2006年 05月 21日 ( 1 )
今日の一手間。そして「卍」なお話。 ~田宮模型1/35M26パーシング~
c0034902_855915.jpg

お早うございます。
静岡の動向がとっても気になる、日曜日の朝。
かの地の馳せ参じている皆様、静岡の夜を堪能してますか~(笑)
てなことで、相変わらず朝もはよから仕事している働き者のイージスです。
そして、仕事しながらblogの更新と(爆)

さて、毎日ほんのちょこっとでも模型に触ろうキャンペーンを実施しているわけで。
暫く、朝が早い出勤が続くこともあり、夜の作業が滞り気味。
眺めているだけでも、精神衛生上はよろしいようで。
とは言え、やはり眺めているとモチベーションも少しは上がる。
そんな訳で、昨晩は少し弄りました。
このパーシング、比較的新しいキットなのですが、何故かM2機銃のキャリングハンドルが付いてないのですな。
ま、実銃でも取り外しが出来る部品ですから、無かったとしても可笑しくはないわけです。
しか~し、気になる。
で、思い切りのやっつけで、くっ付けてみました。
写真もアップするのもお恥ずかしい工作ですが、記事更新強化月間ということで。
って、こればっかり言ってますな(苦笑)
継ぎ接ぎでくっつけてますから、あまりジロジロと見ないで下さいね。

と、そんなところで。
今朝の朝刊からちょっとした記事を発見。
まもなくサッカーワールドカップが開催されますね~。
個人的にとっても楽しみ。
その大会にほんの少しだけ絡んだ話題。
このW杯を直前に控え、国際交流もちらほらと見受けられます。
その一環のお話しから。
徳島県は阿波踊り境界がドイツで阿波踊りを披露するそうな。
何故?
お話しは遡りまして、時は第一次世界大戦の頃です。
当時、日本はイギリス・フランス・ロシアの連合とそれにイタリアとアメリカが参加した連合国側に付いていたのは皆様もご存知のこと。
敵はドイツ・オーストリア・トルコ・ブルガリアの中央同盟国。

もちろん、日本はその大戦の主戦場となるヨーロッパ大陸までは軍を送り込んではいません。
しかし、陸軍はドイツが権益を持つ中華民国山東省の租借地青島を攻略。
海軍は南洋諸島のドイツ要塞を次々に攻略し、1917年にはインド洋と地中海で連合国側商船の護衛と救助活動を行ったりしております。
その功績で、当時のイギリス国王から勲章なんかも授かっております。
そして、1917年後半から開始したアレキサンドリアからマルセイユへ兵員を輸送する「大輸送作戦」の護衛任務を成功させて、連合国側の西部戦線での劣勢を覆すことに大きく貢献したそうでありますよ。
そして終戦。
日本は戦勝国の仲間入り。
東アジアに於けるドイツの権益(山東省権益と赤道以北の南洋群島)を信託統治領として譲り受けるとともに、国際連盟の常任理事国となったのでありますな。
この後の日本の台頭が更なる戦争への道に続くわけです。

って、話が少し横道に逸れました。(苦笑)
で、本題はと言うと、この第一次大戦の折に日本は青島でドイツ兵の俘虜40名を捕獲したのですね。
そして、この俘虜が送られたのが、徳島県板東の俘虜収容所。
当時の日本陸海軍はともに国際法を厳しく守っていたのですね。
なので、ドイツ俘虜達の扱いは非常に丁寧だったのでありますよ。
ドイツ兵は地元の住民との交流も許されたりなんかしてね。
この時にドイツ兵達が演奏会を開いて、演奏したのが日本の年の瀬に流れまくる、ベートベンの
「第九」。
この演奏会で、初めて日本に伝えられたそうです。
この辺りのお話しは6月頃に上映される映画「バルトの楽園」でどうぞ。
って、私は映画配給会社の廻し者か(爆)
またまた横道ですね。
で、ですよ。
徳島と言えば、「阿波踊り」です。
なので、阿波踊りをドイツで披露すると言うわけなのですなぁ。
ようやく本題に戻ってきましたねぇ。
良かった、良かった。
ところが、お話しはまだ続くのですね。
長いって?
ま、もう少しの辛抱を。
徳島県阿波踊り協会さんが、このイベントで踊る方々の衣装を新調するようにしたのですね。
それは、ある配慮から。
阿波踊りって、それぞれの地域でグループを組んでいるじゃないですか。
そのグループの事を「連」と呼んでいます。
協会に所属している「連」の半数に近い浴衣や帯に、ある柄が入っているのです。
その「図柄は。

似てますよね。
そう、ナチスドイツがその象徴として使用した鉤十字ハーケンクロイツと。
この卍ですが左回りと右回りがあります。
ナチスが多用したのは右回りのこちら。

と言うことで。
ドイツで披露される、阿波踊りの衣装にはこの「卍」の柄を使用しないように配慮したというお話しなのでした。

因みに。
何故、阿波踊りの衣装に「卍」の柄が多いかと申しますと。
これ、実は「家紋」なのですね。
江戸時代の徳島藩主、蜂須賀氏の家紋が「卍」なのでした。
そうそう、あの秀吉に仕えていた蜂須賀小六で有名な蜂須賀氏ですね。

蜂須賀氏や「卍」に関するお話はとても面白いものがありますが。
そのお話しを聞きたいって?
え~、それでは。
え?
もういいって?
はは、ごもっともですな。(苦笑)

たまには、こんな記事もねってことで。
長文、お許しを。
では、では。
皆様、良い休日を~
[PR]
by aegis_of_aegis | 2006-05-21 09:34 | AFV